GOTO HARUKI Photographer TOP / SAKHALIN Russia
BLOG FACEBOOK CONTACT
SAKHALIN Russia SLIDESHOW
二月
マイナス25度にもなったこの日は、雪混じりの冷たい海風が強く吹いていた。
 
日本時代の食器類
サハリン各地の博物館には、日本時代の日用品が、大切に保管されている。日々の暮らしが、ガラスケース越しに伝わってきた。
 
八月
短い夏が過ぎていく。
 
リカとマーシャ
親友の二人。リカ(左)はこれからレストランのアルバイトに行くところ。
 
ユジノサハリンスク
かつて豊原と呼ばれ、樺太の中心都市だった。奥にレーニン像が見える。
 
一月
サハリンは四月まで深い雪に覆われる。
 
トマリの学校
日本人の来訪が珍しく、子供たちのノートにサインをしてあげると、つたないキリル文字で彼らのサインを書いた紙をくれた。
 
リカ
サハリンで生まれ、5歳の時に日本国籍を取得。以後、日本とサハリンを行き来しながら暮らす。父は韓国系のウラジーミルさん。『母親については、あまりよく分からない』と言った。
 
リカ
何度もご馳走になったリカの手料理。同年代で、色々な話をした。
 
木村さん
長く続く冬のため、室内でトマトの苗を育てている。春先に、小さな町のバザールで売り、年金の足しにする。
 
王子製紙工場跡
かつて製紙業は樺太の一大産業で、各地に工場が造られた。現在では、そのほとんどが廃墟となっている。赤錆びた鉄筋は、活気に満ちた当時の微熱を残しているように思えた。
 
ソビエト時代の写真
恐らく25年ほど前の写真。よねこさんの親戚が揃う。弟の家を整理していた時、偶然出てきたアルバム。
 
ユジノの部屋から
窓を開けると、いつも心地よい空気が流れてきた。
 
トマリの鳥居
本殿は壊され、礎のみが残っている。その礎に、ロシア人夫婦が腰掛けていた。日本時代の遺構は各地に残っている。
 
三月
厳冬期の三月だが、各家庭へのスチーム供給により、室内は暖かく保たれている。
 
石井さん
長年連れ添った韓国人の夫は、もう何年も前に亡くなった。彼女はしばらく沈黙した後、『私はこの町の土になります』と言った。
 
ユジノ
四月のコミュニスト通り。
 
よしこさん
擦り切れたカセットテープからは、美空ひばりの歌声が流れてきた。17歳のときに盲目となった彼女は、『歌は私のごはんです』と言った。大きな窓から差し込む光はいつも、よしこさんに降り注いでいた。
 
トマリの墓地
坂を上ると町外れの墓地に続く道がある。雪面から飛び出た墓標は、降りしきる雪と一体となって、私を見つめ返していた。
 
すえこさん
『日本のダシもあるけど、少ないから普段は中国のダシを使います』自宅でナムルを作り、近所の商店に卸している。サハリン南西部の町、ゴルノザホーツクに住んでいる。
 
ヤーブラチナ
日本時代唯一りんごが栽培できた地域。ヤーブラカは、ロシア語でりんごの意味。未だにゆかりのある地名。
 
ユジノ
街のあちこちにあるキオスク。小窓から代金を払い、商品を渡す。
 
四月
この日、一夜にして吹雪がまた、サハリンを冬に戻した。
 
シェブニナ
写真はすえこさん姉妹と、その娘さん。『ここら辺でバーバカーチャ(カーチャおばさん)と言えばすぐ分かるから、またいつでも来なさいね』と、優しく言った。
 
ホルムスク
自動車整備工場にて。
 
幼なじみ
韓国系のヒョンミとウクライナ系のジェニャのカップル。サハリンには彼らのような夫婦も珍しくない。
 
アニワ湾
木村さんと、ホッキ貝を採りに行った。二時間もすると、手押し車がいっぱいになった。湾の向こう側には、日本最北端の宗谷岬。
 
ユジノサハリンスク
サハリン州の州都。日本時代に豊原と呼ばれ、樺太でも中心都市であった。京都のような碁盤状の街の造りは、今も各地に見られる。
 
クシューシャと両親
遊びに行くたびに大盛りの食事をご馳走になった。いつもお母さんが、『はるき!話してないでたくさん食べなさい!!!』と言っていた。とても明るい家族。
 
ウラジーミルさん
リカの父。韓国の惣菜を肴に、よくソビエト時代の話を聞かせてくれた。
冷蔵庫にはコチュジャンや醤油、そしてロシアの調味料。
 
9月3日
この日、サハリンに於ける対日戦勝記念式典が行われ、多くの人々が献花に訪れた。
 
アルカーシャ
仲間とダーチャ(コテージの様な別荘)へ行き、仲間と散々飲み喰いした後、酔っぱらって寝てしまった。
 
クシューシャ
お母さんの性格を受け継ぎ、どこまでも明るく優しい。これからのサハリンを築いてゆく、新しい世代の象徴の様な人。2011年に大学を卒業したばかり。
 
ユジノ市内の墓地
フキと白樺に包まれた墓地。墓標にはキリル文字の他に、ハングルにて記されているものも多い。
 
よねこさん(右)と姪のナターシャさん(中央)とその息子セルゲイ
日本への永住帰国のために、大掃除をしていた。もう捨てるからと言い、プーシキンの詩集をいただいた。
 
アルカーシャ
彼には日本、韓国、ロシア、アイヌの血が入っている。ある時、『オレはロシア人だと思うよ』と語った。
 
一般的なアパート
人があまり外出しないこんな日には、さらさらさらと、雪の降る音がする。
                   
 
  Copyright(c)GOTO HARUKI All Rights Reserved.